ドリーム小説
と綾子がベースに戻ると、麻衣は首を傾げていた。
「昨日カメラ置いた教室、真ん中にイスなんかなかったよね?」
画面越しの教室。
薄暗い部屋の真ん中に、さも飾られたように一脚のイスがある。
「・・・誰か、西の教室に行ったか?」
「いや・・・?」
ビデオを巻き戻すと、
綾子の悲鳴。
ガラスが割れる音。
騒音の中で、イスは何かに引きづられるようにして真ん中へと移動していく。麻衣が色を失くした声をあげた。
「・・・どう言うこと?」
ナルは答えない。
まるでナルの代わりとでも言うように、さもこの場に居るのは当たり前のような顔をして黒田が答えた。
「ポルターガイストじゃないかしら。“騒がしい霊”って意味だったと思うわ。霊が物を動かしたり、音をたてたりするのよ――そうでしたよね、渋谷さん」
ナルはもう一度巻き戻す。
続けて、サーモ・グラフィーに目を向けると、首を横に振った。
「詳しいね。だけどポルターガイストとは思えないな。ポルターガイストが動かしたものは温かく感じられるものなんだが、あのイスに温度の上昇は見られない。そんな例はあまり見られないんだ」
「そやけど、ポルターガイストの条件は満たしとるのとちゃいますか?」
「・・・ティザーヌだね。E・ティザーヌ。フランスの警官だった彼が、ポルターガイストの分類をしたんだ。
爆撃、ドアの開閉、騒音、ノックなど全部で9項目。
ここで起こった現象は、ドアが勝手にしまる、物が動く、ガラスが割れたことを入れても3項目――僕はポルターガイストにしては弱いと思う」
「じゃあ黒田さんが襲われたのは?」
麻衣の言葉に、一同が黒田へ視線を向ける。彼女は「本当よ」と頷いた。
「なんだってぇ!?――なんでそれを言わねーんだよ、ナルちゃん!」
ナルの視線が温度を一、二度下げた。
ため息と共に巻き戻されたビデオには黒田が二階の廊下を歩いている姿が映っており、何かの拍子に、砂嵐が画面を飲み込んだ。
「ご覧のとおりですが?」
「真砂子ちゃん、感想は?」
「・・・その方の気のせいですわ」
「いいかげんに認めたら!?ここにはよくない霊が居るのよ!」
真砂子は平坦な声で、「もう一度中を見てきますわ」と背を向けた。
「素直に“まちがいでした”っていえば?」
追い討ちをかけるように綾子が笑う。
しかし彼女は僅かに後ろを振り向くと、しっかり首を横に振った。
「この校舎に霊はいませんわ」
「・・・ショックやったようですでんな」
「当然だろうな、ふつうの人には見えない事実が見えるから霊能者なんだ。まちがえたら、それはもう霊能力とは言えない」
「渋谷さんて、メンくいなのね。ずいぶん庇うじゃない」
「彼女の仕事は知ってるし、才能については高く評価している。だから相応の敬意をはらっているだけだが?それに――」
ナルがを見るので、小さく頷いてみせた。
ここに霊が居ないと言っているのは、真砂子だけではない。
「だったら、アタシたちにももう少し敬意をはらってほしいものね」
「松崎さんのどこを高く評価すればいいのでしょうか」
「なんですって!?」
憤慨した声をあげる綾子。怒りに震える綾子の隣で、法生はゆるく結んだ後ろ頭を掻いた。
「こりゃあれだな、やっぱりもう一度頼んで、大手の方の力を借りるべきなんじゃねぇか?」
視線が法正に集まる。
「だってそうだろ?巫女さんの力ではかなわない。真砂子が言ってる事の真偽が分からない。だったら実力のあるヤツの意見を仰ぐのも一つの手だぜ」
「大手って?」
「ボクもこっちに来てから知ったんですわ。なんやそっちの世界ではえろう有名な事務所があるかて、普通に仕事頼んでも引き受けてくれへんそうです」
麻衣が眉をひそめる。
「そんな都市伝説みたいなのが本当に存在するの?」
「ああ。仕事は確かだそうだぜ。ただつてのある同業者からの依頼しか受けない上に、顧客はどんな人間だったかについても、絶対に口を割らないらしい」
へぇ、と麻衣が興味深そうに相槌をうつ。
ナルは一言、「必要ない」と切り捨てた。
「しかしだなぁ!」
すると、枯れた枝が折れるような音が響いた。電気が掻き消える。
「・・・ラップ音か?」
「・・・っての、ユーレイが出るときするっていうアレ?」
パキ、ビキ、と嫌な音が次々に轟く。
緊迫した雰囲気があたりに広がり、黒板に亀裂が入った。
「 」
耳元をかすめる声。
ジョンは画面に食いつくように乗り出すと、ナルを振り返った。
「原さんが二階の教室から落ちたです!」
【悪霊がいっぱい!? 7】
「壊されたままの西側の壁に、風雨よけのヤワなベニヤ板が貼ってあった。それが原さんがよりかかった重みで裂けたんだ」
「強がりじゃないの?アタシはここに悪霊が居ると思うわ」
「お前さんが除霊しそびれたやつがな、こいつは危険だぜ」
「そうなの!?」
「除霊に失敗した霊は、手負いの熊と同じよ、とても凶暴になる」
「じゃぁ真砂子のけがは巫女さんのせいなんじゃない!」
「なによ!」
制止の声をあげようとしたよりも先に、ナルが単調に口を開く。
「早まるな。ビデオを見る限り、あれは単なる事故だ」
その言葉に、麻衣と綾子が押し黙った。
唇を噛み締めると、ぎゅっと拳を握る。
「でも!・・・でも、ちゃんとした理由があるかもしれないけど、事故とか自殺とかが続くから幽霊屋敷とか不吉だとか言われるんでしょ?じゃぁどうして続くの?そこが不思議なんじゃない」
「・・・確かにそうだが」
「それは違うと思うわ、麻衣」
「え?」
集まる視線に、は瞼を伏せた。
「それはただの後付でしかないって事よ。人はいずれ必ず死ぬ。ケガだってするし、事故にだってあうかもしれないわ。だけど、それがどこで起こるかなんて誰にもわからないことでしょう?
例えば、他の場所に比べて病院とかは生死に関係する場所よ。それとは違うけれど、こう言う古くから残っている建物とかは、他の建物に比べて年月を重ねている。過ごしてきた時代も多ければ、他の場所に比べて何かが起こった事だって多い」
この学校だってそう。いろんなことがあったはずよ。それは事故や死なんかも含めて、この場所で生活してきた生徒達の嬉しさだとか、楽しさだとか、そう言うのも全部全部でね。
だけど、悲しい事と言うのは自然と記憶に残るもの。
後から思い出すと、そう言う事ばかりがあったような気になる。
幽霊屋敷や、不吉なんていわれている場所は、大抵そう言う事のほうが多いの。本当に霊が絡んで歪んでいるものなんて、一握りくらいしかないのよ。
みんなの記憶に残った悲しい出来事が、後から幽霊屋敷なんて言う後付を生んでいるだけ」
現に、この建物には何も居ない。
がいい留まると、ナルが続いた。
「でも、この校舎はどこか変だ。納得できない。機械に反応がなさすぎる。静電気量も正常、気温の低下も、イオンの偏りもないし、データは完全に正常値を示しているんだ」
「でも、巫女さんが閉じ込められたのは?わたしが襲われたのは?ビデオが消えていたり、ガラスや黒板や・・・イスが動いたのは!?」
「だから納得がいかないと言っている」
確かに、何かがこの校舎で起こっているのは確かだ。
が黙り込むと、法生が鼻に皺を寄せる。
「いないフリができるぐらい、強い霊かもしれないじゃねーか」
「・・・」
(いないフリが出来る程強い霊・・・か)
床に映る影を見るものの、意見を仰げるはずもない。
幽霊とは思念の固まりのような存在――だとは思っているのだが、果たして彼らは存在を隠すことなど出来るのだろうか?
「ぼーさんの意見は?」
「地縛霊」
「君は、ジョン?」
「わかりませんです。そやけど、危険ゆうのには賛成です」
「そういうおまえさんは?」
ナルは黙り込む。
「今のところは意見を保留する。少し、調査の角度を変えてみようと思う。麻衣、僕は車に戻る。機材を見ていろ。このマイクが車に通じているから、変化があったら呼んでくれ」
その背を追いかけるように法生が毒づいた。
「どうなのかねぇ、あのボウヤ。たいそうな機械持ち込んでハデにやらかしているが、本当に有能なのかよ」
肩をすくめる法生。彼はを見ると、「そう言えば」と続けた。
「興味ありませんって態してたくせに、意外と考えてるんだな」
「ホントだよ。いきなりあんな事言うから、ビックリした」
麻衣も続いて、は愛想笑いを浮かべる
答えに窮していると、溜息ひとつ零した綾子が口を開いた。
「少なくともただ居るだけよりかはいいんじゃない?」
「・・・ほんならボクは」
「お、いよいよエクソシストのおでましか?」
法生が浮き足立った声をあげる。
「なにか手伝おうか?」
麻衣が尋ねると、ジョンは首を横にした。
「よろしいです。それより、祈祷を始めたら機械に注意せえやです。何か反応があるかもしれへんです」